『私小説』を読み、抱いていた幻想に気づく

成長期に親の都合でアメリカに移り住む姉妹、この小説は妹が語り手になっていて、それはつまり著者自身です。 

姉妹の会話は日本語が中心ですが、そこに英語が混ざってくるので、生きた英語にあまり触れてない私には読みづらいのですが、こういう環境で育った人達にとっては、こういう話し方のほうが楽なのだと思います。

この本を読むと、二か国語が楽に話せるようになっていいとか、アメリカで学生生活が送れるなんてうらやましいなどと思うのは、意味のない幻想だと気づきます。ふるさとと呼べるほどアメリカにはなじめないけれど、日本に戻って生活できるかというと難しい・・そんな立場の人達のよりどころはどこなのだろうかと、私には答えが出せない問いが消えないままでした。

姉妹の父親が体を壊して施設に入っていて、母親が他の男と恋愛関係になって家庭をほぼ放棄してしまうという現実も、2人の肩に重くのしかかっていますが(姉はあまりしっかりしていないので、妹がより多くを背負うことになりそう)、たとえそういう問題が解決しても、それで2人の根本的なところがすっきりするわけではないのです。

子供のころに海外で生活する機会には恵まれませんでしたが、それでよかったのかもしれないと、自分の子供時代を振り返って思いました。